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  • 小塚 泰彦

日本語の脱近代化

最終更新: 2018年7月8日

明治時代、主に欧州から数多くの概念が日本語に翻訳されて日本に導入されました。西周、福澤諭吉、中江兆民、森鴎外、夏目漱石、福地桜痴たちが翻訳した代表的な人物です。


「未来を翻訳する技法」の記事でも書きましたが、今年は明治維新から150年目です。明治期に外国から導入された概念の日本語訳が、日本近代化の推進力となったことは想像に難くありません。


しかし、もう150年が経つわけです。時代の変遷とともに言葉づかいは変わり単語の解釈が変化する場合もあります。たとえば、今の10代の若者は年配者からすると「若者コトバ」を使っているように感じられるでしょうが、その若者でも「教育」は「教育」という単語を使うはずです。「学校」は「学校」であり、「体育」は「体育」でしょう。日本人が思考する基本的な用語は変わりません。


さて、150年もの間ずっと使い続けている日本語が、日本人を近代的な発想に縛っているとしたらどうでしょう。


長沼美香子氏の大著『訳された近代 文部省『百科全書』の翻訳学』ではこのように指摘されています。

明治期は、近代日本語にとっての画期であり、このときの翻訳をめぐる出来事が現代に生きる私たちの思考にも奥深いところで作用していると思われる。それは無意識レベルに近い深層でのことだから、普段はあまり気づかれないかもしれない。しかも翻訳という現象の常として、透明な不可視性を是とし、その存在を自ら見えなくしようとする力学もはたらく

明治期に翻訳され導入された外国語は、個人、科学、時間、常識、恋愛、権利、社会、衛生、自然などなど、膨大な数に及びます。


「日本語をアップデートする」という試みに、日本の未来が垣間見えてくるように私は思います。


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#トランスクリエーション #日本語をアップデートする #和製漢語




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