TRANSCREATION BLOG

  • 小塚 泰彦

トランスクリエーションの時代

〜社会を創造的に翻訳する〜



トランスレーションからトランスクリエーションへ


トランスクリエーションという言葉は日本ではまだあまり知られていません。日本でこの言葉を使用しているのは、翻訳業界の方々と外資系広告代理店の方々くらいではないでしょうか。


トランスクリエーションは1960年代に米国の広告業界で使用され始めました。1990年代になるとグローバルに展開する大きな広告会社が世界規模のキャンペーンを行う際に、トランスレーション(直訳・意訳)では成し遂げられない「クリエイティブな意訳」をすることが興隆し、定着していきました。現在でもトランスクリエーションの基本的な定義はこの潮流の延長線上にあります。


ここでは一旦、これまで主に英米の広告業界で使用されてきたトランスクリエーションを、「トランスクリエーション1.0」と呼び、これから先の新しいトランスクリエーションを「トランスクリエーション2.0」と呼ぶことにします。



「新しい共感の発見」


私はトランスクリエーション2.0の特徴を「新しい共感の発見」と呼んでいます。


最も良い事例ではないかもしれませんが、非常にわかりやすい事例を一つご紹介します。


NYで明太子を爆発的に売った男がいます。


マンハッタンにある博多料理店HAKATA TONTONのオーナーである日本人ヒミ・オカジマさんは、明太子を”Cod roe(タラの卵)”と言って販売していました。しかし、ニューヨーカーたちは「タラの卵」と言われても、食べる気がしません。売れない日々が続く中、オカジマさんは明太子の英語名を変えてみることにしました。


HAKATA Spicy Caviar


「博多スパイシーキャビア」です。


このネーミングにした途端、ニューヨーカーの心を掴み、NYで明太子が爆発的に売れたのです。


キャビアという単語は高級なチョウザメに限らず、魚卵の総称としても使われていることから明太子をキャビアと称することは決して誇張や偽りとは言えません。


この事例は、明太子をニューヨークで売るための広告やマーケティングの一つでもありますから、トランスクリエーション1.0の範疇でもあります。


しかし、オカジマさんは明太子とニューヨーカーの間に「新しい共感」を生み出すことができた。ここがポイントです。この「新しい共感」の発見が、トランスクリエーションを1.0から2.0へと進める重要な契機となるのです。



1.0と2.0


翻訳の基本的な目的を三つに分けて整理しました。


トランスレーション(直訳・意訳):意味を極力正確に伝える

トランスクリエーション1.0(クリエイティブな意訳):広告などを効果的に伝える

トランスクリエーション2.0(創訳):新しい共感を発見し社会に行動変容を促す


正確なトランスレーションが必要な領域は今後も存在し続けます。法律、医療、産業技術などの翻訳にはこれからも厳密な正確さが求められるでしょう。高度なトランスレーションが担う領域です。


一方、正確さが必ずしも求められない領域もあります。たとえば、Youtube。あるユーチューバーが自分の動画を世界中に広めたいと思っていたとして、動画中の言葉の翻訳が「正確な翻訳」でなかったとしても「圧倒的に共感される翻訳」であったとしたらどうでしょう。


あるいは、映画の字幕。映画字幕では日本でも昔からトランスクリエーション1.0が行われてきました。その中でも、映画字幕翻訳家の戸田奈津子さんは「字幕の女王」とも呼ばれる象徴的な存在で、彼女の翻訳はまさにトランスクリエーション1.0です。


賛否あることは承知の上です。戸田奈津子さんのトランスクリエーション精神に溢れた翻訳を「誤訳が多い」と非難する言説も目にします。しかし、彼女の柔軟な翻訳によって多くの日本人が映画に魅了された功績は揺るがされるものではないでしょう。


ただこれらも、まだトランスクリエーション1.0の範疇にあります。トランスクリエーション2.0の過去の事例を取り上げるのはなかなか難しい。つまり、トランスクリエーション2.0は、これからいいよいよ始まる、ということです。


「創訳」という言葉は、私による造語です。直訳と意訳に対する位置付けとしてわかりやすいのではないかと思います。「創訳」をSOYAKUとして、世界的な言葉にしたいという想いもあります。



社会に行動変容を促す言葉


トランスクリエーション2.0は「新しい共感を発見し社会に行動変容を促す」言葉です。


最近の事例でトランスクリエーション2.0的であると考えられるのは、英国政府のある言葉。英国がEUから離脱する、いわゆるブレクジット後の外交政策として、英国政府は「Global Britain」という言葉を使用し始めています。


Great Britain から Global Britain へ。


英国の経済誌『エコノミスト』(2018年5月15日付)に次のような記載があります。


Theresa May says Brexit “should make us think of global Britain, a country with the self-confidence and the freedom to look beyond the continent of Europe and to the economic and diplomatic opportunities of the wider world”.

テリーザ・メイ首相によると、ブレクジットは「私たちにグローバルブリテンというものを考えさせる。それは、自信に満ちた国家であり、ヨーロッパ大陸の向こうを思い描く自由であり、経済と外交におけるより開かれた機会となるものです」(筆者による抄訳)


政治上での発言ですし、全ての人が賛同する内容ではありません。『エコノミスト』もメイ首相に批判的な論説を展開しています。


しかし、「グレートブリテン」から「グローバルブリテン」になろう、という言い換えには、どこか人をハッとさせる力がないでしょうか。好意的に解釈するならば、「グレートであること」という、何かに対して威信を誇る姿よりも、「グローバルになること」という、何処か新しい扉を開いて向かって進んでいく意志を感じ取ることができるように思います。


「グローバルブリテン」という新しい言い回しが、社会に行動変容を促す言葉となる期待感はあります。非難することは簡単です。ただ、この言葉によって、EUを離脱する英国がどのような姿になっていくのか、どのような可能性を開拓していくのか、その未来を創造的に思い描く力を人々に与える。そのように考えることは建設的でしょう。



トランスクリエーションの可能性


ここから先は話をシンプルにするために、トランスクリエーション2.0のコンセプトと方法の中にトランスクリエーション1.0が含まれているものと考えて、総称として「トランスクリエーション」と呼びます。トランスクリエーション2.0は1.0を否定するものではありません。


トランスクリエーションは、「伝える」ことにとどまらず、「行動変容を促す」ことまでを目的とします。


トランスクリエーションがわかりやすく機能するのは、まずビジネスにおいてです。「博多スパイシーキャビア」の例にあったように、グローバルビジネスを円滑に進める力となることは確かです。


しかし私は、トランスクリエーションのさらに広範な可能性を構想しています。


たとえば、トランスクリエーション能力を個人が身につけることによって

・ネガティブ思考の人が、ポジティブ思考になる。

・接客業の人が、顧客の求めることをより高度に理解できる。

・企画力のない人が、創造的な企画の方法を身につけられる。

・就活を控えた学生が、自分の価値を高く企業に伝えられる。

・高齢者が、自分の人生に充足を感じ、肯定的に生きられるようになる。


トランスクリエーションによって、人は自分の思考を創造的に変容させ、人生の質を高める効果があるのではないか。私はそう考えるようになりました。


このように、翻訳という営みは外国語に限りません。自分の思考を司る「過去の言葉」または「現在の言葉」から「未来の言葉」への移行も翻訳と言えるでしょう。



未来を翻訳する技法


今年は1868年の明治維新から150年目です。


明治維新を機に明治期に日本に起きた様々な変化があります。そのうちの一つに、主に欧州からの概念が日本に、日本語に変換されて導入されたことが挙げられます。


societyという語を福沢諭吉が最初「仲間連中」と訳したことは有名です。福沢はその後「社会」と訳し変えました。


その他たとえば、

individual:個人

science:科学

liberty:自由

time:時間

right:権利


などなど日常用語から学術用語まで累々と訳され、玉石混交です。


この時代に欧州からの概念を日本が取り入れたことは、日本が近代化を進める上で極めて重要だったことでしょう。近代国家日本構築のロジックの骨格となったのはこうした「新しい」日本語でした。


しかし、それから150年です。


およそ150年間使用されてきた言葉が、今の日本人の思考を「近代」に縛っていると考える仮説はあっても悪くないでしょう。


たとえば、人を育て、成長を促し、自らの幸福な人生を生きる力を引き出す、そんな営みをこれからもずっと「教育」や"education"と呼び続けることが最も良いのだろうか。人が働く組織が、持続的に発展し、人と社会と地球に貢献する、そんな在り方を「経営」や"management"と言い続けることが果たして最適なのだろうか。


未来にふさわしい言葉を生み出すためには、未来を洞察し、想像し、描出する、そんな力が必要です。それはクリエイティビティを要する仕事です。


トランスクリエーションは、「未来を翻訳する技法」でもある。大風呂敷を広げた定義ですが、トランスクリエーションはこの時代の節目に大きな役割を果たすミッションがあると私は考えています。


パーソナルコンピュータの父と呼ばれるアラン・ケイの有名な言葉があります。


The best way to predict the future is to invent.

「未来を予測する最善の方法は、自らそれをつくり出すことである」


トランスクリエーションは、アラン・ケイに敬意を払いながら、こう考えます。


「つくり出す未来がどういうものかを描出する【未来を描く言葉】が未来をつくる」


トランスクリエーションのミッションは壮大で、爽快です。



トランスクリエーションカンパニーmorph


#トランスクリエーション #トランスレーション #創訳




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